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東生野中学校卒業式で涙を流したのは

みなさん こんにちは卒業証書授与の際、家族席の女性が思わず涙をぬぐいました。傍らには小学生の女の子と男の子が座っています。女性の子どもたちでしょう。二人とも一所懸命拍手をしています。
13日に催された大阪市立東生野中学校夜間学級卒業式でのことです。校長から卒業証書を受け取っているのは70歳を超える在日コリアンのオモニ(お母さん)です。紅の袴、明るいピンクの着物、大学を卒業する女子大生のようなとびっきりきらびやかな衣装に身を包んでいます。

涙をぬぐっていたのは、そのオモニの娘さん。拍手を贈っていたのはお孫さんでした。様々な事情で学校に行けず、日本語もままならなかった母。そんな境遇でも子供にはちゃんと教育を受けさせ育て上げた。子育ても終え孫もでき、ゆとりができたのは60歳、70歳になってからでしょう。ようやく自らをかまえるようになり、夜間中学に入学。年老いてから9年間学んで卒業を果たした。夜間に学ぶ苦労もあったでしょう。そんな母を思い娘は、涙をこらえ切れませんでした。

同校夜間学級はこの春、9人の生徒さんが卒業しました。在日のオモニが多く、中国人、日本人男性もいました。それぞれが様々な事情で学ぶ機会を逃した方々です。数日前の卒業生を送る会で、在校生のみなさんに、「オモニハッキョでさらに勉強を続ける」「府立高校に挑戦する。この学校があるから次に挑戦できた」
「日本語をしゃべれなかったけれど話せるようになった」
「あいうえおが分からなかったのに漢字まで分かるようになった」
>それぞれが学ぶ嬉しさを語りました。そして最後に「ありがとう」、「頑張ってください」とこれからも勉強を続ける後輩へエールを送りました。
生徒会長は答辞で、「友達が宝物。先生が支えてくれた。これから別々の道を歩くが、学んだことを誇りに頑張っていきます」。ほんとうにみなさんとても晴れやかな姿でした。同夜間学級は4月からの新入生をまだ募集しています。自ら学ぼうと考えていらっしゃる方。学びたいとお思っておられる知り合いがいらっしゃる方は、同学級にぜひお問い合わせください。

この記事を書いた いくのなライター

岡田光司
岡田光司
東大阪布施生まれ。3歳から生野で暮らし、通算の生野・今里歴は50年超。 大阪で100年続く造花会社の三代目元社長。その前は毎日新聞記者。
子どものころは3人兄弟で一番作文が下手だったけれど、7年間給料をもらいながら鬼のデスクの添削を受けて、それなりには文章が書けるように。
2024年11月に20年目を迎えるブログ「えびす顔の造花卸売問屋元社長からの手紙」(下記アイコンから)はもうすぐ7000投稿に。書くことが趣味でいくのぐらしライターに応募。  
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