土曜日だけのパン屋さん
筆者がその店を見つけたのは偶然だった。ウォーキングをしていたとき、赤い矢印に「路地入る」の文字とパンの写真の目立たぬ案内を目にした。新しいパン屋さんがオープンしたのか・・少し迷ったが案内に従って路地を入ってみた。
民家の玄関横にウインドウが作られパンが並べてある。あまり流行ってないように見えた。パンは好きなのでためしにホットドッグとあんパンを買ってみる。子どものころに帰れるような味がした。それから毎週土曜日に買いに行くのが習慣になりお昼ご飯にホットドッグ、おやつに甘いパンを買う。
そのうちに店主と話すようになってきて、定年後に好きなパン屋を始めようと思い開店したこと。開店したとたん、以前の会社から請われて再び会社員になったことを聞いた。「だから土曜日しか開けられないんですよー」と、はじけるような笑顔の店主。
生野区に新しい店ができるのは嬉しい。コロナ禍で何軒もの店がたたまれたのを見てきたから。
ある日、筆者のスマホにYahooの情報が流れてきた。どこかで見たような店頭の写真。「あのパン屋さんだ!」とすぐにわかった。ライターはインフルエンサーなのか、動画もうまく使ってこのパン屋の紹介をしている。しかしそのニュースを見たときはそんなに深刻には考えなかった。「有名になったんやな」くらいに思った。
そして土曜日がやってくる。いつものように路地を曲がるとそこには長蛇の列。見たこともないような人数の人がこのパン屋の前に並んでいる。「あのネットニュースの影響か・・・」とても待てそうにもないので、その日は買わずに帰った。
次の土曜日もその次も似たような状況でしばらくは筆者も、いつもここのパンを楽しみにしている近所の方々も買えない状況が続いた。このパン屋からだんだん足も遠のいていった。
2ヶ月ほど過ぎたころだろうか、ふと思い出してまた行ってみた。幸いにも、と言っていいのかどうか客は誰もいなかった。
「大変でしたね」と店主に声をかけると「ネットは怖いです・・」と。
近所の人に喜んで食べてもらえればそれでいい、そのことが嬉しいと思って始めたパン屋なのに思わぬことから注目を浴び人が押し寄せるようになった。一人でパンを作り、もう一人が売るような小さい店であの喧噪は驚きから恐怖まで感じたこともあったようだ。
「やっとほとぼりが冷めて良かったです」
昨年のクリスマスの頃は、よもぎパンをツリーに見立てたパンを買えた。
私は思う。
熱は冷めやすい。大きな派手な花火はすぐ消えてしまう。このパン屋の店主はそんなことを望んではいないということを。地元民に愛されて、パンを包みながら「寒なったね」「元気にしてる?」「膝が痛いのは大丈夫?」そんな話をしたいのだと。
私にはインフルエンサーのような影響力は無いが、この記事を書くのはずいぶん躊躇した。私には力は無くても、「いくのぐらし」は大きくなってゆくだろう。だからあえて、この店の名前も場所も明かさない。写真にだけは少しヒントを残してゆく。
生野区だからこそ、このパン屋が開店できたのだと思う。どうか息の長い店になってほしい。
この記事を書いた いくのなライター
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エッセイスト
生まれと育ちは京都市山科区
生野区に嫁いできて40年
いくのの日のライターとして
「毎月19日はいくのの日」の周知を目指します
いくのの日の旗があると、初めての店に入りやすく
初対面の人ととの会話のきっかけになるという経験があり
人見知りで緊張しがちな自分の中のハードルがぐんと下がる
そんないくのの日の旗を多くの人に知ってほしい。
好きな作家は宮部みゆきと桜木紫乃
歴史と地形の高低差やへりに目がない62歳
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身につまされるお話でした。うちはこのパン屋さんのように列ができるほど繁盛したことはありませんが、想いと現実とは違う経験は幾度となくしています。もちろん企業努力は大切ですが、お店にとって忘れ去られる事が一番悲しい現実ではないでしょうか。私が言うのはおかしいですが、どうぞまた通ってあげて下さいね。(自己反省と願い)地域の方々に支えられて小さなお店は存続できます。そんな地域に愛されるお店になるようコツコツうちも頑張ります
まま子さん、コメントありがとうございます。節分の日に行ってみました。初老の男性が先に注文しておられて待っていました。その男性は自転車で来られてたので多分、お近くの方でしょう。
「ロールパンみたいなのありませんか?節分やし」と聞くと「ああ~~そうやねぇ!節分やね!巻いたパン作ってみたらよかったわ~~」と大きな声で笑いながらおっしゃってました。桜あんぱんという新商品もでていて買って帰りました。生野区だからこそ、このパン屋さんも葉菜茶さんも続いていくのだと私は思ってるのです。